一人のおばあちゃんが、教えてくれたこと
三原に通うようになった頃、地域にまだ不慣れだった私に最初に声をかけてくれたのが、吉田幸子さん(仮名・当時78歳)でした。一人暮らし。季節ごとに畑の野菜や苗を届けてくれ、子育てに気を張っていた妻の心を、何度もほどいてくれました。娘さんは遠方で、帰れるのは年に一度ほど。それでも幸子さんはいつも明るく、「誰にも迷惑をかけたくない」が口ぐせでした。
私が葬儀の仕事をしていると知って、幸子さんはよくこう言いました。「もし何かあったら、お世話になった人みんなに伝えてね」と。
ある日、幸子さんは一人で脚立にのぼり、雨樋の手入れをしていて足を滑らせました。「これくらい、自分で」――その一言が、助けを呼ぶのをためらわせたのかもしれません。搬送先で、帰らぬ人となりました。
そして、あれほど大切にしていた「つながり」は、最期に何も機能しませんでした。連絡は事後に。エンディングノートもなく、呼びたかった人の誰にも知らせは届かず、直葬で終わりました。後日、娘さんから「本当は皆さんに会ってほしかった。迷惑をかけると思って、あのかたちにしてしまった」と、後悔の言葉が届きました。
「これからの葬儀は、福祉だ」
私は葬儀の現場で、同じ光景を何度も見てきました。想いはあった。つながりもあった。それが、最期の瞬間に機能しない。この現実を変えたい――それが、私たちの原点です。
大学在学中にITで起業し、その後、葬祭の道へ。累計3万件を超えるご葬儀に携わり、NPO法人アイフィットグループゆりかごとして、10年にわたり見守り・終活支援を続けてきました。2025年には三原市にセレモニーホール紫苑を構え、地域に密着した拠点として歩みを続けています。
三原市社会福祉課主催の「終活まるわかりセミナー」にも連携し、地域の皆さまと終活について考える場をご一緒しました。さらに2026年3月には、三原市のスタートアップ創出シティカレッジ(SCC)最終発表会に登壇し、「誰もが安心して最期まで暮らせる街へ」――独居高齢者の見守りと終活を支える、三原発の構想を発表しました。三原の仲間や専門家とともに、地域の課題に向き合っています。
三原の最期は、三原で。
だから、「もしも」の前からご一緒します
お住まいや入院先・入所先から一番近いホールへ、24時間365日、当社がご搬送します。運転や車の手配はすべて当社が行いますので、ご家族が慌てて動く必要はありません。もしものときの事前のご相談も、匿名・無料で承ります。幸子さんのような後悔を、もう繰り返さないために。
よくあるご質問
Qなぜ三原で葬儀・終活事業に力を入れているのですか?
Q地域活動や行政との連携はありますか?
Qもしもの前の相談や見守りの相談もできますか?
もしもの備え・事前相談も、お気軽に
「今すぐのお迎え」も「もしものときの事前相談」も、24時間365日・匿名で承ります。お住まいや施設名をお伝えいただければ、最適なホールと段取りをご提案します。お見積り・ご相談はすべて無料です。